Poems by
Mong-Lan
translated into Japanese by Professor Mizuho Murayama.
Professor
Murayama teaches American Literature at Aichi Prefectural University in
Nagoya, Japan.
詩:モン・ラン
訳:村山瑞穂
From
Song of the Cicadas
砂と蝿と魚
1
消えゆく夕日が入ったグラスを取り、すする。
右手にはカンボジアの峻厳な山々。目の
前にはタイランド湾。くたびれた制服の国境
警備員は、書割の人物のように
動かない。暑い太陽が汗の流
れに髪を固める。白いカモメ
が黒い砂をつつく。地獄が近いと
思わせるほどに黒い砂。太陽が
海へ降りてくるのを待つ。嘔吐感。夕暮れ
時、拡声器からベトナム国営ニュースが
鳴り響く。世界のゆっくりした動き。
炎の薄煙。空から血の気が引いて骨なしの
大洋に血が注がれる。
2
どんなに詳しく描いてみても、
その全体はつかめない。どうしたら理解できる
アジア大陸の南の端を― それが
何だというのだろう。黒い砂が海の青へと色を
変えてゆくこととか、身構えて立つカンボジアの
山々とか。それが何だというのだろう、
窓からは船が埠頭につく様が見えると話したとして。部屋に
いなければ、私は村々をさまよって、土を食べる、恵んで
もらったものを何でも食べる。それは女の身に起こること。
こうしたことよくあること。こうした出来事は。私は
お腹が男の種で膨れ上がるのを見守る。
男は影。薄暮に輝く塩からい穀物を
こさぎ取り、市場で売れるものは何でも
盗む。この土地の両肺は強靭だ。それは赤ん坊の
耳にテノールを響かせる。
3
世界のこの縁はナイフだ。バイクタクシー
の運転手は背を丸める、港の時計、あの、
お客に対する鈍な表情。すべては幻の
また幻。
4
塩田は大洋の光で輝く。あふれる
光で、死んでしまいそう。竹の
家が黒い砂の上に細い脚で立つ。家々は
隙間なく並び、海面に同じ影を映す。
辛子畑は太陽にさらされ黒い卵のよう。
ここで私は妊娠し、最初の子を産んだ。
あの子の指は、砂の感触から素早く動くことを
覚えた。肺と血流の間をくねくねと魚を
泳がさせた。大洋と空、それは彼にとって
一つ、両方を歩きまわった。ある日、私は
あの子を遠くに行かせすぎ、黒い波が
やってきて、彼を連れ去った。
5
漁師たち、別世界でうっとり。彼らの獲物は
斜めに置かれた大きな金属の網の上で乾いてゆく――埃が
広げられたイカの手に降りる。しゃがんで、タバコを吸い、
道のどんなさざめきも逃さない。彼らの皮膚、
筋肉は、粘土のように柔らかい。ハンモックに横になり、
蚊と蝿の王冠を頭上にいただく。
聞かなくても、彼らはあなたの本当の名前を知っている。
6
鼠の巣の髪。彼女は髪を顔からはがす。
こどもたちは拳固で彼女を撃つ。彼女は杖を振り
回す、左に右に、何かを叫びながら。こども
たちは笑う。彼女の目に浮かぶヒステリー。体を
上下させ、食べ物の代金をカフェの台に
打ちつける。こどもたちが笑う。震えながら彼女は
食べ物を人の群れに投げつける。またこどもたちが笑う。彼女の
服はぼろぼろ、シャツは縫い目がほつれている。彼女の
スカートは汚れ、脚は腫れ上がり、硬くなっている。さらに拳固が
飛んでくる。杖で突く。一人の男がこどもたちを掬うように
追い払う。人々の間に絡ませるように、
彼女はオレンジと白の火を吐く。人々の目が
彼女の背を射る。酔った勢いで彼女は浮き橋を
料金を払わずに渡る。硫黄が泡をふいて
彼女のあごをつたわり落ち、鼠の巣の髪は燃え上がる
空に向かって。
7
彼らは土地を見つめている、空気を見つめている。埃が
集まる。白い弔いの細布を額に
結ぶ。白髪の人々は頭を下げ、
話をしている。若者たちの丸い目いっぱいに映る果物、
米、線香のろうそく、祖父母、曹祖父母の
黄ばんだ白黒の写真。彼らは
あの子を、その似姿を着飾る。
白粉をはたき、口紅を塗り、髪を後ろに梳く。生きて
いたときのように、死後はそれ以上に生き生きと。私の赤ん坊は
静かに死んだ。小鳥のほかに、それを見た者はない。
8
大洋は釣り針にかかり、何か独り言をつぶやいている
魚のように土地に沿ってひん曲がっている。
人々が小声で歌っている。空っぽの竹の家。女たちは
えびを土に打ち返す、ピンク色の真四角にそれらを
並べて乾かした後。はらわたは抜かれ、
タイランド湾に解き放たれる。
9
豚が毎朝、波止場に到着し、命乞いの叫び
をあげる。幽霊のように網の上で乾く
イカの列。村全体はしっかり残っている、
干し魚とイカの匂いも。ベトナム人の
少年たちがカンボジアのテレビを見ている。脚の
下では湿った黒い砂もまた別の言語を話し、
歯と歯が激しく当たり、方言と方言がぶつかり合い、
舌はゆがめる北と南を、海岸と
土へと。これは何という国?それはかつての
故郷、私の子どもが生まれ、死んだところ。
何より良かったのはたぶん、あの子が見たのはこの太陽だけだったこと。
From
Why is the Edge Always Windy?
ひそやかに聞こえる水音
耳を押し当てて聞く
まどろむデルタ
鼻腔の奥深くに海の塩
朝晩の食事に使う
水 下水からポンプでくみ上げられる 通り
急ぎ足
と路地(もの思いに湿る部屋)
がカタカタ鳴る
ずぶぬれの歩道が匂う
起き抜けに洗う私の髪の匂いで
服を洗う 擦って洗う
たらいの音
泡だらけの手に合わせて
女 彼女にまとわりつく利かん気の子どもたち
夢を見たいのだけれど聞こえてくるのは
女たちの水汲む音男たちのポンプを押す音
イオンをひきつけるイオン
エレクトロンを跳ね返すエレクトロン うがいの音
足はいつも湿っている 顔も両手も
冬がくる
わたしたちは寒さのなかで洗濯する
明かりの消えた夜
船酔い 藁の敷物 猫が跳ねる 真夜中
わたしは息をしたいのだけれどいったいどんな息
女はまだ夫と娘の服を洗濯している
服をきつく絞る
生と死の間
聞こえるのは丸いたらいに注がれる
空になった息の詰まった
水 たらいがコンクリートにあたる
女は手足をゆすぐ
昼と夜の間
低く響く音
5:30に最初に女が起き
粘つく口をゆすぐ
仕事のざわめきが始まる
イオン集団のなだれとともに
朝帰りの酔っ払いは改心し
母親は子どもたちを学校へとせかす 目に入るのは薄汚れた洗濯物とテレビ
灰 ラジオ
音楽が鳴り渡る
七十年代、八十年代の友愛軍
吊るされた花のような陰鬱な声
すると階下の少女が洗い始める、はてしなく長い
黒檀の髪
歩道は22の家族の家へと続く
あちこちに流れる細い水
屋根をつたわり
コンクリートは緑の藻に覆われる
ひそやかに聞こえる水音
ハノイの腸は翡翠に変わる
From
Why is the Edge Always Windy?
エメラルドの世界
1
未来を思い出す
かもめたちが筋雲の切れ間から宙返りするように
男たちは目を大きくして彼女たちの尻をみつめながら歩く
おなかをぺたりと砂につけて横になっている者もいる
ある女 乳房が白く垂れてよくしゃべる
海の12音階が聞こえる
砕ける波
防波堤に当たって
聞こえるそんなにしょっちゅうではないけど
2
海の翳のもと
目に見えるものすべてに触れ
固まりがはじける
光と要素から
まさに世界は危機に瀕している
3
景色を理解しようとすることを止めた
一日に12時間テレビを分裂症的にみること
赤い蟻の目をしたアル中
ホテルのマネージャー 彼の鶏肉血を滴らせる
浮き上がる片手 殺すセルビア人
太陽が窓から飛び降り 地面に飛び込む
野鴨が鏡を割る
4.
至福千年の最後のあえぎ
憂鬱なベトナムの歌が泣くように響く
その音節は磁器のお椀を叩く音に似て
5.
思い出す
未来 私は何か奇妙なものへと運命づけられている
あるのは忍耐、冷蔵庫のあの色と
共時性と
エメラルドの仏陀たちの森
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